諸葛正弥の教育論
教育に関する持論や新しい教育のあり方について、教師として、または保護者として、様々な切り口でお話します。(元タイトル:子どもの才能を伸ばす教育を)
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その12 教師教育の見直しを
日本の教師を取り巻く環境は現在、
好ましい状況ではありません。

まず、初めに挙げなければならないのが
教員の業務環境。

提出しなければならない書類が多く、
その作業も煩雑である、という
「資料や報告書の作成・提出」への負担が大きいのです。

また、研修・会議などに対する負担感も大きい
ようですが、自己研鑽に対して意欲を持たない教員が
生徒に学べと言ったところで説得力は全くない、と思います。

しかし・・・
現実に価値のある研修であれば、
そのような負担感や研修への否定的な意識は
それほど高まらないはずなのです。


実際に某教育委員会が実施した研修を見学したら
5年目くらいの教師が集まった研修で
その大半が途中で寝てしまっている状況・・・

それでも外部から招かれた講師が
一人で粛々と講義?を続けているのです。

こんな研修のどこに価値があるのだろうか、
言いたくなる光景でした。


そして、それが特殊で、
レアなケースなのであれば良かったのですが
多くの教員研修は
「聴く側の教員がただ座って聞いていれば良いだけ」のスタイルで
偉い講師がありがたい話をして終わるのが一般的なのです。

それは、そんな時間のどこに価値を見出せば良いか
教師の方も分からなくなるのは当然です。



授業に置き換えて考えてみれば良いと思うのですが
教師が一方的に粛々と話すだけの授業で、
生徒の脳が活発に働き、活き活きと学習する空間が
できるでしょうか。

教師を指導するために、研修を行なう講師が
生徒を惹き付け、活発に学習する空間を作る講義を
できていないのであれば、当然、その指導を受けた教師も
魅力ある授業などできるようになるはずがありません。


教員のスキルというものは
理論だけで伝わるものではありません。

理論だけではなく、そこに実践や経験、
そして多様な価値観の交流があって初めて
活きたスキルになるのです。

人間はロボットではありません。
学術的に、こういうときはこう指導する、などというマニュアルだけを
教える教育では現実には役に立たないものです。

10人の生徒がいれば10通りの指導があるもので、
それは決して教科書や論文の上に乗っている理屈を
学べば良いというものではなく、
より多くの実践と経験、価値観を経て
発想が広がっていくのです。


日本の教育は
教科書を学び、知識を覚えることが勉強、という価値観が
未だに強過ぎるように感じます。

教科書で学び、知識だけではなく知恵を学び、
多くの価値観や発想を吸収して学び取っていこうとすることが
本来の勉強の姿なのではないでしょうか。


その根本を教師教育をする側が間違えているから
そうした研修がまかり通り、
その研修を受けた教師もまた、
勉強の意味を見失うのです。



さらに言及するのなら
大学の教師教育を見直す必要があるはずです。

多くの教師を目指す学生が
意欲の高い学生であればあるほど、
知識ばかりに偏って、
実際にやらせてみても実践は伴わず、
できない言い訳や屁理屈ばかりを述べるものです。

模擬授業は実際に生徒がいないから・・・
⇒模擬ですらできないなら、現実の生徒相手だったら
 さらに待ったなしの臨機応変さを求められるのに、
 より上手くできるはずがない。

高校志望なので、小学生相手だとちょっと・・・
⇒高校志望だろうが、授業の基本は同じです。
 小学生を引きつける授業ができないなら、
 高校生だって引きつけることなどできないものです。
 (高校生を引きつける授業ができないなら、
  小学生を引きつけることもできないものです。)

実際に自分が実践をすることに対する経験と理解が
あまりに低く、頭で理屈が分かっているから良いという意識の
学生が非常に多いことにがっかりしたこともあります。


それで現場に出て
授業が上手くいかない、生徒を統率できない、
授業の内容が定着しない、などと悩む。

そんなことは当たり前のこと、ではないでしょうか。



知識やマニュアルを与えるだけではなく
実践とトレーニングを重視していくことが、
本当の意味で
「明日、使える研修」になるのではないかと思うのです。

その積み重ねが
大学での教師教育でも、
現場の教員研修でも、
指導力向上のために必要なのではないか、と考えています。


その11 フィンランドメソッド・・・大人力のメソッド
フィンランドの教育は
OECDのPISA調査で世界一と呼ばれるようになりましたが、
競争がないから、とか、ゆとり教育だから、など言われたりして
いますが、本当の理由はそこではないと思います。

フィンランドは税金が高く、
福祉だけではなく、教育に関しても予算が使われ、
基本的に義務教育は無料という環境が与えられています。

そして、それだけではなく、
教員の人件費も大きく、人的な意味でも負担が軽く、
一人あたりの業務負担が
日本に比べて整理されているのです。
だからこそ、
フィンランドの教師は放課後になれば
帰宅をして家族と時間を過ごす余裕もある。
そして、授業の準備や研究に充てる時間も確保できる。

当然のように
授業の質が向上することでしょう。


さらに言えば、
教師も規律意識をしっかりと持ち、
生徒の自主性を尊重しながらも、
自主性と自由というものを穿き違えることなく
指導をしているのです。

そこでは教師は大人として接し、
決して友達ではなく、都合の良い人間でもなく、
信念を持ち、従うべきルールをしっかりと教えています。

一部、生徒が何をしていても叱らないかのような
紹介がなされているかも知れませんが、
従うべきルールはしっかりと教えられる先生でなければ
良い先生とは言えないのだそうです。


それに対して
日本の今の教育はどうか。

生徒と同じ目線の友達先生が良いとされ、
生徒に従うべきルールを教えるどころか、
自主性を穿き違えて、生徒にルールを与える前に自由を与えてしまっている。

大人が子どもにとって、都合の良い存在になってしまってはいないだろうか。

子どものために行動する価値観は素晴らしい。
けれど、それは「大人として何も教えることがない」ということではないのです。


都内のある公立中学校では
生徒と同じ目線に、ということで壇上ではなく、地面に立って
朝礼の挨拶をする校長先生もいたが、
その中学校は大きく荒れていきました。
その後、次の校長先生は
再び壇上に上がって話すように直したら
そうした荒れた雰囲気に規律が戻ってきたのだそうです。



自分たちが、今、見えている価値観だけで
判断し、自分たちが主導権を握り続け、
王様で居続けた結果、どうなるのでしょうか。

集団の中で、仮に正しい判断をし、
ルールを守って行動をしたとしても、
残念ながら、従うべきルールを知ることはないのです。
社会や組織から将来、与えられるであろう、異なる価値観とルールを
果たして受け入れることができるのでしょうか。

自分でルールを作って行動することしか知らない子どもに
それはダメだ、と言われることが耐えられるのでしょうか。

フィンランドでも、そこが問題視されているのです。
家庭でルールを教えられていない子どもが
学校で初めてダメだ、と言われるケースも少なくない、と・・・


そして、
子どもが自分達の価値観で判断し、
大人や組織、社会に従うという意識もなく育ったとき、
大人に対して、そして会社や組織、上司、先輩に対して、
本当に謙虚なスタンスで接することができる大人に育っていくのでしょうか。

「ゆとり社員」と呼ばれる現象は
まさにその警告なのかも知れません。



フィンランドの教育が教えてくれることは
メソッド的なテクニックではなく、そうした大人のスタンスなのではないでしょうか。

そうした意味で
フィンランドメソッドとは、
大人力のメソッドと言っても良いのかも知れません。

その10 教員免許更新制を問う
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/natnews/66545/

教員免許の更新制については何となく釈然としない想いが残っています。
確かに、免許の更新制度によって、一定基準を満たさない教師は
排除することができます。

しかし、
その「基準」とは何か?

まだ、その見通しは立っていない様です。
だから、素直に受け入れられないのです。


[READ MORE...(続きはこちらから)]
その9 学校と塾の関わりを考える
過去、いや、現在も
学習塾は公教育にとって邪魔な存在であり、
認められない存在かも知れません。

過去には「害虫」とまで称された塾ですが、
現在では学校の教育にも確実な影響を及ぼす
無視のできない存在になったことも事実です。

それは「合格」というニーズに応える
という事へ特化し、点数を取らせて目に見える学力
(いや、あえて得点する力というべきか)を向上させる。
そして、合格をさせる・・・

その部分に関しては
実に分かりやすい成果を挙げることができたから
結果として保護者のニーズを勝ち得ることができたと言っても
過言ではない。

受験戦争を加熱させ、
偏差値教育を助長し、
教育をエサに金を稼ぐ、
そんな部分が受け入れられないという原因、と
言われるのかも知れません。


[READ MORE...(続きはこちらから)]
その8 伝える技術向上を
学校の先生でも
塾の先生でも
ほとんどの先生が一生懸命授業の準備をし、
生徒のことを熱心に考えています。

けれど、生徒を引き付ける授業ができない、
飽きさせない授業ができない、
テンポの良い授業ができない、
と多くの方が悩み、苦しんでいます。


その様な先生方の相談も良く受けるのですが
総じて皆さん、伝える技術が足りないのです。

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