諸葛正弥の教育論
教育に関する持論や新しい教育のあり方について、教師として、または保護者として、様々な切り口でお話します。(元タイトル:子どもの才能を伸ばす教育を)
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【0018】自主性と授業規律
生徒の自主性を伸ばす、
ということは多くの教師が目指すことだと思います。

しかし、
現実には自主性を尊重する、
という名の下に、放置している実情を
よく目にします。


聞くべきは聞き、
やるべきときはやる。

当たり前のけじめを当たり前に区別して
切り替えることはとても重要です。


しかし、
子どもが聞きたいときだけ聞き、
そうでないときは隣の友人と談笑し、
先生だけが授業を進行している。

どちらかといえば、
子どもが先生の話を聞いてあげている、
という構図が出来上がり、
発問に対しても真剣に考えることなく
思いつきや「受け狙い」で答える。

思いつきの回答でも
皆が自由発言でわーっと答えれば、
活気があるように見え、その中に出てきた
正解を拾いあげ、いかにも皆ができたように教師がほめる。


実際に見たある小学校での授業の様子です。
特別なクラスではなく、
その学校の多くのクラスで
同じような児童と教師のスタンスなのです。


これで、授業に対し、
きちんと向き合って考えるようになるでしょうか。

そして、
考えず、「できた」より「あたった」が重視されて
表面的な正解を追いかける子ども達に、
本当の意味で、「わかった」という発見を与えられるのか。

大いに疑問を感じます。



自主性と放置は違います。

授業できちんと学ぶこと、
真剣に向き合い、考え、
わかった瞬間の喜びを伝えるためには、
一定の授業規律が必要です。

聞くべきことをきちんと聞かずに
断片的にしか話を聞かないで、
本当に「わかった」という発見をさせることが
できるのか、といえば、一部の察しの良い子どもを
除けばそれは困難でしょう。


学ぶこと、わかったことを発見する喜びは
きちんと授業に向き合った先にあるものです。

本当に学びの楽しさを伝えようとするのなら、
学びに向き合う姿勢を伝えることも重要なのです。

さらに、
好き勝手な振る舞いを自主性と言い、
放置していることで、学び合い高め合う環境を
壊していることを自覚しなければいけません。



授業で学びに向き合う
学習する空間という土台の上に
自主性を育んであげることが大切なのです。

ですから、
授業規律は最低限のマナーであり、ルールとして
学習する空間を形成する上で非常に重要なポイントです。


そうでなければ、
教師と生徒、そして生徒同士がお互いに尊重し合って
学び合う環境を作ることはできないでしょう。


これは授業に限らず、
私たちが社会で生きるときのルールにも似ています。
一定のルールをお互いに守るからこそ、
尊重し合うこともでき、自由もあるのです。

そのルールがなく、
好き勝手に人々が暮らし始めたらどうなるか。
その世界は混沌です。

学ぶ空間が混沌としていて、
高め合うことができるかどうか、
それを振り返り、自主性とは何かを問い、
授業規律をもう一度再確認してみる必要があるように思います。


【0014】クラスをチームにする
私はクラスを受け持つと、
まず、そのクラスをチームにする、
ということから始めます。


私からしか学べないクラスより、
お互いから学び合うクラスの方が、
より多くの気付きと成長がある。

そう信じているからです。

ですから、
当然、お互いを尊重し、
助け合い、成長し合える関係を構築する、
ということが絶対的なルールとなります。


だから
当然、叱る基準も、ほめる基準も、
そこに照らし合わせてどうなのか、
という観点で判断をします。

ですから、
自分ができたから良い、のではなく、
できるようになったなら、
自分は何ができるのか、を考える。

他者に教えることで、自分も理解を深め、
教わった側は、次は自分がどこかで教える側に
なれる武器を作ろうと努力をしていく。

そして、
仮に教える側になれなくても、
それは悪いことではない。

折角、同じ教室で共に学ぶ縁があったのだから、
一人で成果を出すことだけを考えるのではなく、
皆で大きな成果を出すことを共に考えよう。

受験に勝つということの前に、
人間としてどうあるべきか、という観点で考え、
私はそうした話をし続けました。



中には、
足を引っ張られる、と言って
反抗する保護者もいましたが、
子ども達がそこに反抗することはなく、
そうして卒業した子ども達は、
中学受験が終わった後も、チームとしての結束が強く、
別々の学校に進学した後も、長く良い関係を続けています。

そうした人と人とのつながり、
縁を大切にしていくことが、
一番の財産なのだと思うのです。

学力より、合格より、学歴より、
もっと大切なものがある。

それを教えるために、
私はクラスをチームにすることに拘り続けます。




【0013】反復学習の力
反復による学習は近年、どちらかと言えば
敬遠される方向にあったと思います。

それは何より、
生徒が嫌がり、学習への意欲を損なうから、
ということが原点になり、
自然に学習への取り組みを促す方法は
反復による苦役的な学習観を取り除くことだ、
という発想から生まれていたように感じます。

確かに、反復をしないで勉強に取り組ませる、
というのも一つの方法論ですが、
心理学者のK・アンダース・エリクソン博士が行なった
1990年代前半の調査によると、真の技能を身に付けるには
約1万時間の練習が必要であるということを示しました。

そして、
その中で何よりも注目すべき点は
生まれつきの天才を見つけることができなかった、
ということ。

つまり、
皆がコツコツと努力する中で、
何分の1かの時間で楽々トップになる者は
いなかった、ということです。

さらに他の誰よりも練習するが、
トップランクに入る力がない、
というタイプもいなかったのだそうです。


結局のところ、
才能という先天的な能力は関係なく、
コツコツと繰り返し練習をしてきたか、
要は努力を積み重ねてきたのか、ということが大切、
ということです。

また、
一流の音楽学校に入る実力を持つ学生が
トップになれるかなれないかを分けるのは、
「熱心に努力するか」どうかによることを示していたのだそうです。


さて、ここで私達は考えなければいけないのかも知れません。
多くの時間をかければ良いのではもちろんない、でしょう。
ですが、神経学者のダニエル・レヴィティン氏は
様々なジャンルの人を調査した結果、

1万時間より短い時間で、真に世界的なレベルに達した例を見つけた調査はない。

ということも分かってきたそうです。


反復学習には大きな力があった、ということです。
そして一流になるには、反復学習なしでは、実現できない、
ということも明らかになってきたのです。


では、生徒の前に立つ我々は何をすべきか。

それは、生徒の自主性を育てる、という大義名分の下に
生徒へ高いリーダーシップを発揮して能力を高めようとする
努力を怠ってはいないか、という点を検証することではないでしょうか。


そして、単に反復をさせ、
苦役的な学習観に漬けて耐えさせれば良いのではなく、
いかに生徒の心を動かし、やる気に火をつけ、
「熱心に努力したい」と思わせなければいけません。


何しろ、さまざまな分野で優れた成果を上げている人々を調査した結果、
全員が「生徒をやる気にさせて、より高いレベルに向かわせる、
感情に押し流されないコーチを意図的に選んでいた」
という事実がそこにはあるからです。

私達は、生徒をやる気にさせ、
より高いレベルへと導くべく、
繰り返し反復練習をさせながら成長へと導く力量を
磨かなければならないのではないでしょうか。

この結果が真理とするなら、
反復練習の重要性を再確認し、
それを実現するための教師のスキルを
徹底して考え、実践を重ね、生徒に1万時間の努力をさせる前に
教師も1万時間、熱心に努力をし続けて、真のプロフェッショナルへと
なっていかなければならないのかも知れません。


■目次
 ・1.授業の手法         ・・・授業における様々な課題を取り上げたコラムです
 ・2.ほめる・しかる        ・・・ほめるとき、しかるときに生じる課題を取り上げます
 ・3.生徒とのコミュニケーション・・・コミュニケーション、人間関係構築に関する課題を取り上げます
 ・4.成績の向上         ・・・生徒の成績を向上させる上での課題を取り上げます

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【0011】個性の尊重のための教育方法
個性化や個別化、といった話は
現在、日本で行なわれている一斉型の授業に対する
批判のような形で論じられることが多いのですが、
そもそも、現在のような一斉型の授業がどのようにして
広まったのでしょうか。

それは、世界では19世紀後半の先進諸国で普及し、
日本では明治初期に導入されています。
国民共通の教養を形成する手段として、
非常に能率的な教授法と言えました。

多くの子ども達に等しく教育をし、
共通の言語を持つことは、一定水準の学力を持つ、
多くの労働者を確保するという観点でも重要だったと考えられます。


さて、一方で、
現代において、画一的な一斉型の授業に対して
問題点も浮き彫りになり、多くの批判を受ける形で
個性を尊重する、ということをテーマに、
教育がどんどん個別化、個性化しようとする流れが
加速しています。

学校で言えば
習熟度別の授業もその一例でしょう。

私塾においては
個別指導の塾が加速度的に増えている、
ということにも、その流れが見て取れます。


しかし、
個性化、個別化が進んだとはいえ、
社会にその個性を示すような人材が育つようになったのか、
といえば、それはまた別、というのが実情です。

これは私の主観ですが、
どちらかといえば、
全体主義的な流れに埋没しようとする
没個性化が進んでいるようにすら思えます。


会社などで
世代の異なる人間とのコミュニケーションができない、
組織の中で自分の力を発揮するのが苦手である、
上司や先輩、または部下や後輩と上手く関われない、
そんな若者の悲鳴ばかりがクローズアップされている現状を見ると
とても、個性を発揮できる人材が増えたとは思えないのです。
むしろ、逆に個性を発揮できない若者が増えているようにすら感じます。

それは組織が悪い、社会が悪い、
という意見も出るのでしょうが、
多様性を受容しよう、という教育が広まっている割に、
多様性の中でいかに生きるか、というスキルが身についていない、
ということの現れのように感じるのです。

いずれにせよ、
個別化、個性化の教育が、
社会において個性を活かすことのできる人材は
思うように育てられていない、というのは間違いないでしょう。


その要因は、
個性化を、集団の中で育むのではなく、
隔離することで保護する、という方向に進んでしまったから、
ではないでしょうか。

個性化・個別化は聞こえは良いですが、
個性重視と言い、多様性の中から切り離すことで
個性への批判を排除し、保護する、という尊重で
育まれた個性は、果たして社会の中で生きる力を備えたものに
なかといえば、それはNOだと思います。

「みんな違ってみんな良い」

確かに、良いんです。
しかし、単に何でもあり、にしてしまうことが個性ではありません。

多様性を理解し、受容する、
というのは重要ですが、
何でもありにする、というだけでなく、
多くの価値観を持つ人間が集まる中で、
いかに生きるのか、どのように自分の個性を発揮するのか、
という集団の中で生きる、という視点に立った教育を
もっと見直さなければいけません。


ですから、
現在の個別化・個性化の流れには少しながら危機感を感じます。
一斉型の授業の弊害はもちろんありますが、
集団の中で学ぶもの、という観点に立って、
一斉型の授業のあり方を見直して、社会に出て生きる力を育む、
という視点で教育を考えていく必要があるのだと思います。


そうなると、
同時に、教育と競争、評価、といったところにも議論が及ぶことに
なるかと思いますが、それは別の機会に・・・


【0004】信頼がつくる教室(その2)
前回、信頼関係の土台づくりについてお話しましたが、
これもやはり人間関係なので、マニュアルではなく、
結局、いつも体当たりで試行錯誤をしていることに変わりはありません。


さて、次はそうした土台の上に乗せていく
教室でのルールづくりについてです。

信頼を得るためには、
明確なルールがあり、その基準は揺らぐことなく
きちんと運用されていること、です。


私の場合、
理念として、
「自ら考え、目標を実現する人間を育てる」
ということを掲げていますので、
それに沿った運営をすることになります。


だから、第1に掲げるのは
①「自主自律」・・・自らの考えを持って行動し、その結果に責任を持つ。

となります。

そして、
世界で活躍する人材になってもらいたい、
だからこそ、
②「他者の話をしっかり聴き、自らの意見を持つ」

というルールを設定し、
聴く習慣と、受け身になることなく、
自分はどう考えたのか、という意見を
常に持つように意識づけしていきます。


さらに、
相手の意見に耳を傾け、しっかり聴くということは、
他者の意見を尊重し、多様性を受け止めた上で
意見を持つ、という意識を持つということでもあり、
それをさらに一歩進めて・・・
③「相手を尊重し、互いに高め合う関係をつくる」

というルールで締めています。

これは
自分さえ良ければよいのではなく、
お互いの成長を助け合い、皆で大きな目標を叶えていく、
という意識を持つことで、
共に育ち、集団知を高め、協調性を育み、
将来、共に仕事をしたい、と感じてもらえる人材に育ってくれることを
願っているのです。


さて、
このルールづくりの中で
お気づきになったかも知れませんが、
ルールというと、
「~してはいけない」という禁止のルールになりがちですが、
生徒に自ら考え、行動する人間に成長して欲しい、という
基本理念がありますので、
自分から行動したい、と感じる
いわゆる
「守りたくなるルール」
にする必要があるのです。

だから、
禁止ではなく、「~しよう」
というプラスの行動目標をルールとして設定しているのです。


そして、
このルールを基準にして、
生徒との約束を交わします。

叱る際も、ほめる際も、
ここが判断の基準となります。

さらに、
一度、その線引きを決めたなら、
決してそれを変えることなく、
明確な基準へと成長させていくのです。

さて・・・
私の掲げた、
この3つのルールも、
生徒への信頼が土台になっていると改めて
気付いて頂けたら幸いです。




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