諸葛正弥の教育論
教育に関する持論や新しい教育のあり方について、教師として、または保護者として、様々な切り口でお話します。(元タイトル:子どもの才能を伸ばす教育を)
09 | 2017/10 | 11
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
ヒューマンキッズサイエンス東雲教室・ロボット教室へ
■江東区・東雲にロボット教室・新規開校!ヒューマンキッズサイエンス東雲教室 ホームページ
■教育ブログをお探しの場合はこちらを参考にして下さい。(別ウインドウが開きます。)
        にほんブログ村 教育ブログへにほんブログ村 教育ブログ 教育論・教育問題へ
■お問い合わせはこちらからメールにて受け付けております moro@t-skill.com までお気軽にどうぞ
メルマガ登録・解除
購読無料◆勉強ができる子は何が違うのか。どんな習慣を身につければ良いのか、など。「できる子」を育てる秘訣を紹介します。>> サンプルを見る
 
教室の価値を高める
私も例外ではなかったのですが、
教室では、生徒が授業の準備をして先生を待たせる
というのが良い、と思ってきました。

そして研修などでも、
授業開始のベルが鳴る前に机上の準備をし、着席して、
教師が来るのを待たせるように話してきました。


しかし、
現実には
なかなか生徒は教室に入らず、教師が注意しても
整然と着席して教師を待つ、という状況にはなり難いものです。

そこにはいくつかの理由があると思います。

■生徒側の授業を受けることに対する優先順位(価値・期待度)の低さ
■授業の準備をして待つことへの理解の低さ
■教師との信頼関係の欠如
■明確なルールの欠如
など・・・

いずれも、後から注意すれば解決できる、
というものではなく、その状況に至る前の段階での話で
その瞬間までにどのような関係を築き、どのような意識の共有を
行なってきたのか、という話に帰結します。

だから、当然、
その場で叱って対応すれば改善する、
などというのは、一過性の対処でしかなく、
継続的な効果など期待できません。

そして何より、
「ならぬものはならぬ」「いいから言うことをきけ」
というのは理不尽だ、不適切だ、という価値観が強くなった現在、

生徒の側に、その行動を起こすことに対して
意義、価値を見出せなければ、どれだけ注意しても
「うるせえな」
という反発を生むだけかも知れません。


そうなると、
授業の前に準備をして待つことの価値、
をお互いに共有できなけば上手く機能しない、
ということになるでしょう。

礼儀やマナーに対しても
合理的でない、権威主義は良くない、
という風潮も強く、教師が偉いなんてオコガマシイと
言われる現在では、教師に礼を尽くす、という話も通じない
というのが現実でしょう。


それを解決するには、
教師と生徒の間に信頼関係を築くしかない、
その信頼を築くためには、やはり授業そのものが
生徒にとって価値があるもの、とならなければならない
という当然の話に突き当たります。

結局、形だけの関係を形成しようとしてもダメで
授業をしっかり行なって、生徒の信頼を勝ち得るからこそ、
教室管理においても生徒との関係がきちんと作れる。

ということです。

指示の出し方、教室への入り方、など
様々、パフォーマンスもありますが、
それらはすべて、生徒からの信頼を得るために
授業をしっかり行なっているからこそ、効果を発揮するもので、
どれだけ指示が的確でも、授業で信頼を損なう先生には
生徒もついてこないものなのです。


さて、そんな当たり前の話を長々と書きましたが、
授業の前の雰囲気づくりにおいて、別の発想もある、
ということで追記をしておきます。

教室は授業を行なう空間で、遊ぶ場でも、雑談の場でもない、
という意識を共有する方法の1つとして、
これまでの考え方と真逆のことをしてみるのも良いかと思います。

教室に生徒を待たせて、そこに教師が入る、
という構図を、生徒の縄張りに先生が侵入するという
イメージでとらえるなら、教師が生徒に求めてもらえなければならない、
という意識も高まるのは当然です。

逆に、休み時間になったら、
全員教室から速やかに退出させ、教室に教師が先に入って
授業のセットアップを行なった後、準備ができたら生徒を迎え入れる。

というようにしたらどうでしょう。
(そのためには廊下にロッカーが必要ですが・・・)


そこは教師が授業のために準備をした空間で、
教師が授業を行なうテリトリーに生徒を迎え入れる、
という構図が出来上がります。

そこは授業のための空間で、
遊ぶ場でも、雑談の場でもない、
という共通の認識も作ることができるのではないでしょうか。
権威的に生徒を管理するというより、
教室は何のための空間なのか、という共通の認識の下で
ケジメをつける、という形になるので、
個人的には、よりスマートな気がします。



何のために教室を使うのか、
という共通の認識を持ち、
教室の価値を高めることによって、
生徒の学習への意識を高めさせる。

イギリスの学校の手法ですが、
これも有効な一手でしょう。


私は日本式の礼を行なうことは嫌いではありません。
お互いに礼を尽くす、という姿は自分への戒めにもなりますし、
気持ちの切り替えにもなります。
ですから、それ自体を否定する訳ではありませんが、
引き出しは多く持って損はありません。

そして、現在の日本では
実行には周囲の理解も必要だとは思いますので
ご参考まで・・・
ICTは使う人次第
ICTを導入すれば教育、学習環境が良くなる。

というのは幻想だと思います。
どんなに優れたツールでも、
その使い方をきちんと考え、習得していなければ、
使いこなすこともできず、効果も生みません。

場合によっては逆効果にもなることでしょう。


言うまでもなく
タブレット、電子黒板、といったものは
あくまでもツールに過ぎず、
使う人によって、そして使い方によって
良くも悪くもなる、というのは当たり前のことです。

そして、
そうした道具を使わなければならない理由は何なのか、
ICTでないとできないことは何で、
それによって、どんな効果を期待できるのか、
そのビジョンがないといけないんだろうな、と感じています。

ただ、そのビジョンを考えるにも、
実際に何ができるのかを体感しないと
何も見えないし、想像の領域を脱することはできません。

だから、
個人的に反転授業に挑戦しようと思い、
ペンタブレットに悪戦苦闘しながらも
動画のコンテンツを製作し、
実践を試みました。

確かに、反転授業は面白い。
授業の幅も広がるし、生徒とのやり取りも深くなる。

だけど、
これは動画じゃないとできないことか?
そして、
生徒が見てくれることが前提であって、
自分で動画を見てくる習慣、環境があってこそ、
という大前提に突き当たりました。

多くの方が、その部分の壁に当たっている気がします。

では、動画を授業中に見せ、
残りの時間をグループワークで・・・

いやまて・・・
それなら、わざわざ動画ではなく、
普通に講義して時間を使うのと何が違うのか。

むしろ、生身の人間を教室に集める価値を見失っていないか。

友達の家に遊びに行って、
そこでそれぞれがDSで別のゲームをしている、
というのと同じくらいに違和感を感じました。



それなら
見たくなるような魅力的なコンテンツを作れば良い。

なるほど、
確かにその通りだと思います。


そうなると、
動画作成に関して、
先生の力が試される、ということかな、
とも思いますし、結局、そこで個人の努力と、
力量の差が生まれます。


要は魅力的なコンテンツがなければ
そして、魅力的なコンテンツを作ろうと努力をしなければ
ICTも宝の持ち腐れであり、効果は期待し辛い
ということなのかな、と思います。

既製のコンテンツも充実しつつありますが、
それをどう使うか、というアイデアも練られて
いなければ、やはり活用できずに終わることでしょう。


そして・・・
私は個人的に、
生徒には事前準備をさせ、
授業では授業でしかできないことを、
という方針で、教科書を読めば済むことは家で済ませる、
その上で授業で議論や課題解決をさせることで
知識ではなく、知恵を学ぶんだ、と指導してきました。

過去の話なので、そこには当然、ICTはなく、
事前学習に関しては
教科書を読み、マインドマップを書かせるなど・・・
アナログな指導でしたが、効果的だったな、と思っています。



ICTを導入することありき、の議論ではなく、
こんな授業を実現したい、というビジョンの先に、
ICTを使う、という選択肢が出てくる、くらいの感覚でありたいな、
と思いますが、いかがでしょうか・・・

私がまだICTの導入について未熟だからなのかも知れませんが、
ICTの導入こそ未来の教育、という風潮にも違和感を感じたので、
拙いながらも雑感を述べさせて頂いた次第です。



7/10 一部修正しました。
会議を見直す3
会議を見直す、というタイトルなのだから
どう見直すのか、具現化せよ、というご指摘を受けましたので、
以前に書いた「会議を見直す」の記事を引用しつつ、
手法について細かくお話をしたいな、と思います。

ただ、性分として
具体的過ぎる文章を書いて
マニュアルのような形にするのは好みませんので、
読んだ方が、自分ならこうする、という考える余地を残して
物を書いていますので、抽象的な部分も残りますがご容赦下さい。

また、過去のお話ではなく活動の歴史の浅い私の活動での話であるため、
現在の取り組みが話題の中心になってしまいます。
さらに実名で活動しているため、その性質上、具体的な事例を挙げて話を展開すると
関係者に影響を与える可能性があるため私の立場上、控えさせていただいております。
ご容赦下さい。



個人的な見解で恐縮ですが、
私は会議を以下の3つに分類して考えています。

1.情報の共有・連絡・報告が目的の会議
2.今後の行動指針を話し合う会議
3.問題解決を行なうための会議

2と3については共通する部分が多いかと思います。

1.は業務連絡や報告のための場であり、
職員会議もこのケースに入ることが多いかも知れません。
基本的に話し合い、というよりは伝達が主目的になります。

2.は学年会議など定期的に開かれ、
今後の動きに関する意思を統一しておこう、
ということを目的にする会議です。
どちらかといえば、スケジュールや役割分担、締め切り、など
行動目標を明確にするためのものになります。

3.は何らかの問題点を解決するために集まる会議です。
生徒の成績を向上させるために、生活指導上の課題を解決するために、
進学先の指導をどうすべきか、教科に関する指導を検討する、など・・・


1.については議論をすることを前提としていませんので、
基本的には伝達された事柄についての疑問があれば、
その部分についての質疑が行なわれる、程度のものになります。

単なる読み合わせという会議になる傾向もあるので、
これが無駄である、という指摘を受けることもあるのですが、
個人的には必要である、と思っています。
無駄に長い時間を浪費するのはいかがなものか、と思いますが、
業務に必要な事項の読み合わせは、「言った」「言ってない」の不毛な議論を
無くすためにも必要な事柄です。

文書にして配布すれば済む、と考える方もいますが、
一理はあれど、「見てませんでした」「もらってません」
挙句の果てに「見る暇なんてありません」という・・・

子どもか!

突っ込みたくなる理由で言い訳を始めて結局、
再配布、読ませる、行動を説明する、やらせる、と
アクションが1段階も2段階も遅れを取ることになるため、
結果的に効率的ではないのです。

ですから、
「文書にして配布の上、読み合わせを行なう」
という時間は決して無駄ではない、ということです。
(管理側にとっての利点で、職員にすれば面倒極まりないかも知れませんが・・・)




問題は2.と3.についてです。
2.については
「今後の行動指針を話し合う会議」
という設定なので、スケジュールや役割分担、そして
私立の高校であれば講習会や放課後の補習に関する打ち合わせも入ります。

その部分で言えば、
「人をどう動かすか」を決める、という話し合いになるといえるでしょう。

そしてもし、これが学年会議であるなら、
生徒の動向について話し合う、ということも入ってきます。
そうなると、
3.の問題解決を行なうための会議、という要素も混じってきます。

では、2.と3.についてまとめてお話をしていきます。

さて、いずれにしても共通することは、
「会議の前の準備が重要」ということです。

とりあえず案や問題だけを持って、
会議に臨み、その場でそうした情報を展開していけば、
議論は行き当たりばったりの話し合いになり、
上手なファシリテーターでもいない限りは時間がいくらあっても足りません。

では、どんな準備が必要か。
まず、
「人を動かす事柄」であれば、
事前に関係者に了解を取っておくこと、が大前提となります。
①企画の概要について予告をしておく
②企画内容に関する意見を吸い上げておく
③詳細を詰める段階になってきたら各担当者のスケジュールなどを相談する

①と②は普段の会話の中で
「~という企画を考えているんですが、どう思いますか?」
程度の会話でも良いので、できるだけ多くの先生の意見を聞いてみようとすることで
大抵は解決できるかと思います。

大切なのは③に入るタイミングです。
②が終わった段階で企画として議題に上げ、
そこで
「詳細やスケジュール・役割については個別にご相談させて頂きます。」
と予告をしておき、③の調整に入ります。

ある程度はこちらの方でラフな案を作成しておき、
そのスケジュール、役割分担で不都合があるか、を聞いていく。
そこで詳細を詰めてから会議の場で
「現在の仮案です」
という形で発表し、そこで承認を得て、「確定案」とする。

そうした準備なしに
承認を得ようとすると、会議の場でさまざまな駆け引きや利害関係に
引きずり回されて結局、決まらない、という事態になり兼ねないからです。
大変な準備が必要になりますが、
人を拘束して話し合う、という時間をより効率的にした方が
結果的に多くの方の業務効率を上げることにつながるので、
行動の順序を、打ち出してから動く、ではなく、
動いてから打ち出す、に変える必要があるかと思います。


3.についても準備が必要という方針に変わりはありません。
ではどんな準備が必要か。

問題解決が目的なので、問題だけを持ち込んで、
その場で話し合う、というケースに陥りがちですが、
必要な行動はそうではない、と考えています。

問題が生じて、それを解決するために話し合うなら、
まずは、
「どのように解決しようと考えているのか」
というベースを考えた上で臨むことが大切です。

担当者が、どのようにしたいのか、という土台が明確であれば
それに対してどうすべきか、という焦点化された議論になり易くなります。
可能なら案を複数持っておくとベストです。

要は課題設定をして会議に臨む、
ということは、課題を持ち込む、だけではなく
「どうしたいか」という案まで練っておく、ということです。

仮にその案が出ない、
どうして良いか困っている、というレベルであれば
それこそ個人的に管理職か、相談のできる同僚に意見を求めておくことが
最優先と言えるでしょう。

そこで話し合わせたたたき台を基にして
議論のテーブルにのせることができれば、
すでに様々なことを検討した上での議論なので
話し合いも円滑に進む可能性が高くなります。


会議を見直す、というのは、
基本的に無駄を省く、ということに尽きると思いますが、
そこに参加する先生方の時間の無駄を省くという意味においても、
個別の案件で済む事柄は事前に済ませ、
話し合いの方向性を定めるための準備を行なった上で
臨むようにする必要があります。

ですから、
もし、レジメを出せば会議ができる、
という感覚で会議を行なっているのであれば、

まずは
「課題設定をしてから会議を行なう」
という発想から始めて、何について話し合うかの優先順位をつけ、
それぞれの案件について
◆会議で話すべき内容か
◆個別で済む案件か

を区別し、個別で済む案件は事前に話をしておく、
という習慣を作ることから行動を見直していくと良いかと思います。

その土台ができてくると、
本格的に、会議のあり方、議論の仕方、についての
見直しができるようになってきます。


とりあえず、息切れしたので、ここまでにしておきます・・・
続きはまた今度で、、、すいません。

※追記
 この記事の内容は特別な手法でも何でもなく、
 一般的な会議に臨む心構えと変わらないと思います。
 ですが、そうではない無駄な会議も多く存在しますので、
 敢えて記事にしています。

研修講師・アドバイザーとしての関わり方
現場の先生方にアドバイスを行なう、
という立場で学校に入ると、
まずは皆が身構えます。


誰もが大抵、
「欠点を指摘され、怒られる」
そんなイメージを持つようです。

実際に個々の先生方と面談をする機会を作るのですが、
必要以上に恐縮され、緊張される方も少なくありません。
当然、それは先生方にすれば、
授業の様子やその他の活動などを含めて、
評価をされている、と思われているのなら、
至極普通の流れかも知れません。

けれど、
私自身はそんなに大層な人間ではありませんので、
基本的に批判をするために話をすることはありません。
そして、依頼主である学校の管理職の方々とも話をしますが、
評価者でないことを内外に明確にしています。


普段の面識がない相手とのコミュニケーションにおいて
いかに相手の行動が批判の対象であろうとも、
まず批判ありき、では、その後、建設的な会話はし難くなります。

それに、自分の意見や価値観をぶつけることが
相手との円滑な交流を生み出せるとは思えないので、
まずは話を聞き、相手の状況や背景を聞き、
その上で慎重に課題を差し出していくようにしています。

時には授業の様子をビデオに撮った動画を
じっくり二人で観て、自身に気付いてもらうために
ただ一言、「どこか、直したいところはありますか。」
とだけ問う。

そこから話し合いを始めて
どんな授業がしたい方なのかを探りながら
まずはパフォーマンス・動作に関わる面について
必要なアドバイスを1つ、2つだけ行ないます。

例えば、ご自身では生徒を見て授業をしているつもりでも、
ビデオで見て生徒の視点でチェックすると、
見られているように感じない、という方がいれば、

「目で見る」から「顔で見る」ように変えると、
そうしたギャップが無くなっていきますよ。

ちなみに、視線を送るタイミングは、
句読点を打つタイミングで行なうと説得力が増しますよ。

など・・・

多くを指摘せず、
少しのポイントを着実にやってみよう、
という気持ちになって頂ければ
あとは先生方ご自身が手応えをつかむごとに
こちらが色々と言わずとも、
普段、接しながら様子を話し合うだけで
ご自身で試行錯誤をし始めて下さるものです。


その後は
またしばらく時期を置いてから
改めて授業をちゃんとチェックし、
話し合う機会を作っていけば一定の緊張感を継続でき、
お互いにより良い授業を作るために前向きな関係性を
維持することができます。


という話をすると、
そんなパターンに当てはまらない教員もいる、
というご指摘を受けそうですが、
それもまた全くその通りです。

必ずしも前向きにとらえる方ばかりではないですが、
けれど、そもそものスタンスとしては、
「変えてやろう」「指摘してやろう」「言わないとだめだ」
という発想で関わるようなら、余計に上手くいかないのは
目に見えています。

「過去と他人は変えることができない。」

だから、
「自身の行動を変えることで影響を与えることならできる。」
という発想でサポートしながら、
自分自身も一緒に考える姿勢を崩さず、
親和性を持って、根気強く、
先生自身が何かをつかんで下さるように関わっています。
(人間関係にそもそも距離感があるなら、
 まず、基本は笑顔で挨拶から、ですね。
 こちらが親和性を持って関わろうと示さない限りは
 決して心が開かれることはないですから・・・)


会議を見直す2
※申し訳ございません。
 不適切な内容である、と判断し削除しました。

 関係者、ならびに読者の方々を不快にさせてしまい、
 大変、申し訳ございませんでした。

 今後、記事を書く際は
 このようなことのない様に充分配慮をした上で
 アップさせて頂きます。




プロフィール

moro(諸葛正弥)

カテゴリー

最近の記事

最近のコメント

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

■江東区・東雲にロボット教室・新規開校!ヒューマンキッズサイエンス東雲教室 ホームページ(※管理人が運営する新しい教室です。)
■教育ブログをお探しの場合はこちらを参考にして下さい。
        にほんブログ村 教育ブログへにほんブログ村 教育ブログ 教育論・教育問題へ