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自分の言葉 私も表面的な簡単な考え方で「違う考え方を偉そうに正当化する人を黙らせたい」とか「批評できる=気づける=出来る人間」というような考え方をしているときがあるように思えます。 誤解を恐れずに言えば、このような考え方は別に悪だとは思いません。ただ、逆の立場になったとき、こういう考え方で優越感に浸っている人がいたら嫌いになると思います。 毒舌とか、ズバリ言う人・・というのは場面を間違えさせしなければ時に人に気づきを与えることもあれば、笑いを提供してくれることもあるかと思いますが、やはり重要なのは場面と空気を読むということになるのではないでしょうか? 実際に会社などでの日常を見ても、上司などがあまり必要以上に色々な事に口を出し、あら捜しをしては批判を・・ということを繰り返してると、自分のハードルをも上げてしまうため。早い話をしてしまうと「お前も出来てないじゃん」という対象になりやすいと思います。 私自身としては、特に同等以下の立場(同僚、部下、教育でいうのであれば生徒)との対話の中では、【されて嫌なことは自分もするな】という事を常に意識して行動するようにしています。 人をポジティブに評価する事は、自分自身に余裕が無いと意外と出来ないことだと思うので、日々精進であるなと感じます。
【2007/04/06 22:59】
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☆さんへ コメント有難うございます。 確かに、ズバリ言う言葉には気付きであったり笑いを提供してくれる場合がありますね。ただ、仰るように空気を読む力が不可欠です。それが個人の個性だという理由で相手に配慮をしなかったり、必要以上に問題を面白おかしく茶化したり、大きくしたりする、そんな方々が多い事もまた事実です。 必要な事は気付きであり、きっとそのアプローチは数多く存在し、「自分はこうだから」と決めてしまうのではなくて、多くの選択肢の中の一つとして、今、この瞬間にそのスタンスで言う必要性がある、というあくまで手段の一つとしての使い分けであれば私も有効な手法だと思います。 過去と他人は変えることはできない。けれど、自分の行動を変えることで他人に影響を及ぼすことはできる。無理に何かを変えるより、変わるための種をまき、水を与える。そんな理想を思い描きつつ、自分にもっともっとゆとりと力量が必要だと自省する日々です。
【2007/04/07 10:21】
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