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| 受験の思い出 |
ちょっと昔のことを思い出しました。
私は小学4年生の頃から 塾に通い始めました。
全く行きたいとも思っていなかったし 特に目標もありませんでした。
ただ、私立中学に進学させたいという 母の思いがあってのことだったのだろう と思います。
とりあえず 従うままに塾へ通い始め 小さな個人塾でアットホームな感じがして そこにはマンガも置かれていた事もあり そのマンガを読むために塾に通うことを 我慢していた様な感じでした。 ところが 勉強には全く興味が湧かず 当然、宿題などやる気もしないし、 授業も上の空なので 解けるはずもない。
私は双子なのですが 共に通い始めた兄弟のノートを写していました。
すぐにそれは明るみになり 先生にお説教 帰れば母にお説教 そもそも、何で塾に通う必要があるんだ? と疑問に思うようになり ますます勉強をしなくなっていました。
そんな中、 5年生になる頃、 面倒を見切れない、ということで 通っていた塾を辞めることになり、 やっと解放された! と喜んでいたのですが、 程なくして 少し規模の大きい進学塾に通うことになりました。
そこは塾長先生が自ら授業をして くれていましたが、 大変に厳しく、目標の無い私にとって 何でこんな目に合わないといけないんだ と何度も思いました。
とりあえず、厳しいから 言われたことだけをこなす毎日 家に帰れば母が待ち構えていて ひたすら勉強する日々
最も嫌だったのが夏休み
夏休みなのに 毎日勉強する計画がびっしり 母も問題集をひたすら解かせようと していました。
夏休みじゃなく、夏勉強じゃないか
と思ったりしていました。
5年生も終わりに近づいた頃、 母が焦り始めたのか 私が学校に通っている間に 算数の問題集をひたすら解いて帰りを待つように なりました。
私が帰宅すると 塾が無い日は、すぐに 〜ページから〜ページまで解いていなさい。 と言い、夕食の支度を始める・・・
そして、夕食のテーブルにつくと 目の前には白地図 社会科の質問が飛んできます。 無事回答できたら、食事が始まり 答えられなければお説教開始。 夕食など食べた気がしません。
夕食後、テレビを見て良い時間は 19時〜19時半と決められていましたので
番組も固定で、歌謡曲は一切NG。 当然、ドラマもバラエティもNG。 芸能人は誰も知らない状態。 友達とも全く話が合わない状況でした。 周りがテレビの話題をするのが嫌でたまらなかった 記憶があります。
それはさておき
お説教が長くなるとその時間も無くなり お風呂に入って恐怖の算数タイムが 始まります。
夕食前に解いていなさい、と言われた部分を 母の前で解いて見せるのです。
要するに、 ちゃんとやっていたかをチェックする訳です。 そのために、学校に行っている間、 母は問題集を解いていたのです。
解けなければ大変です。 何をやっていたのかとお説教開始。
それが日常でした。
もういい加減、その生活がうんざりした頃 私はその中でサボる術を覚え始めていました。
夕食前、解いていなさいと言われた算数の 問題集を解かないで、遊んでいました。
そう、後で解ければ何も言われないし 母はその時間、夕食の支度をしているから 見に来れないのです。
そして、マンガを読んだりして 自分なりに息抜きをする様になっていました。
しかし、 問題はその後、 母の前で問題を解くときです。 当然解いていないですから、初めて見る問題ばかり
でも、追い詰められると人間は強いもので 自分でも信じられないくらいの集中力で 問題を解き始めていました。
間違えたらヤバイ、間違えたらヤバイ! という心の声に押されながら・・・
そうして、 私は抜群の集中力を身に付けたような気がします(笑
6年生になり ある学校の見学をしたとき 気に入った学校ができました。
それが私の目標へと変わっていきました。
その頃、 いとこが通っていた塾の評判を聞き さっそくその塾へ転塾。
非常に厳しい先生で ほめられた記憶はまったくありませんでしたが 目標もでき、友達もでき、 学力はついていった気がします。
それでも、習慣は変わらず 家に帰ればお説教と勉強の日々
家ではケンカばかりしていました。
家でくつろいでいれば 「勉強しなさい!」 学校から帰れば 「早く宿題やんなさい!」 など・・・
そして、受験も直前になり 願書を出すときになって 私の目標ではない中学が第1志望校になって いました。 秋の文化祭で好印象だった学校ですが 正直、びっくりしました。
母が自分で決めて願書を出していたのです。
でも、もう後戻りもできず 何となく勢いで受験をこなし 見事合格をすることができましたが
その時の私の気持ちは 「やっと勉強地獄から解放される!」
この1点だけでした。 同じ小学校で受験する人はほとんどなく 自分だけ同級生と離れてしまうかの様な喪失感 勉強ばかりに追われて 周りの話題に全くついていけない焦り
受験には受かったけれど 何か大きなものを失った感覚が残りました。
その影響は中学に入ってから さらに大きく出ることになったのです。
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