諸葛正弥の教育論
教育に関する持論や新しい教育のあり方について、教師として、または保護者として、様々な切り口でお話します。(元タイトル:子どもの才能を伸ばす教育を)
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教室の価値を高める
私も例外ではなかったのですが、
教室では、生徒が授業の準備をして先生を待たせる
というのが良い、と思ってきました。

そして研修などでも、
授業開始のベルが鳴る前に机上の準備をし、着席して、
教師が来るのを待たせるように話してきました。


しかし、
現実には
なかなか生徒は教室に入らず、教師が注意しても
整然と着席して教師を待つ、という状況にはなり難いものです。

そこにはいくつかの理由があると思います。

■生徒側の授業を受けることに対する優先順位(価値・期待度)の低さ
■授業の準備をして待つことへの理解の低さ
■教師との信頼関係の欠如
■明確なルールの欠如
など・・・

いずれも、後から注意すれば解決できる、
というものではなく、その状況に至る前の段階での話で
その瞬間までにどのような関係を築き、どのような意識の共有を
行なってきたのか、という話に帰結します。

だから、当然、
その場で叱って対応すれば改善する、
などというのは、一過性の対処でしかなく、
継続的な効果など期待できません。

そして何より、
「ならぬものはならぬ」「いいから言うことをきけ」
というのは理不尽だ、不適切だ、という価値観が強くなった現在、

生徒の側に、その行動を起こすことに対して
意義、価値を見出せなければ、どれだけ注意しても
「うるせえな」
という反発を生むだけかも知れません。


そうなると、
授業の前に準備をして待つことの価値、
をお互いに共有できなけば上手く機能しない、
ということになるでしょう。

礼儀やマナーに対しても
合理的でない、権威主義は良くない、
という風潮も強く、教師が偉いなんてオコガマシイと
言われる現在では、教師に礼を尽くす、という話も通じない
というのが現実でしょう。


それを解決するには、
教師と生徒の間に信頼関係を築くしかない、
その信頼を築くためには、やはり授業そのものが
生徒にとって価値があるもの、とならなければならない
という当然の話に突き当たります。

結局、形だけの関係を形成しようとしてもダメで
授業をしっかり行なって、生徒の信頼を勝ち得るからこそ、
教室管理においても生徒との関係がきちんと作れる。

ということです。

指示の出し方、教室への入り方、など
様々、パフォーマンスもありますが、
それらはすべて、生徒からの信頼を得るために
授業をしっかり行なっているからこそ、効果を発揮するもので、
どれだけ指示が的確でも、授業で信頼を損なう先生には
生徒もついてこないものなのです。


さて、そんな当たり前の話を長々と書きましたが、
授業の前の雰囲気づくりにおいて、別の発想もある、
ということで追記をしておきます。

教室は授業を行なう空間で、遊ぶ場でも、雑談の場でもない、
という意識を共有する方法の1つとして、
これまでの考え方と真逆のことをしてみるのも良いかと思います。

教室に生徒を待たせて、そこに教師が入る、
という構図を、生徒の縄張りに先生が侵入するという
イメージでとらえるなら、教師が生徒に求めてもらえなければならない、
という意識も高まるのは当然です。

逆に、休み時間になったら、
全員教室から速やかに退出させ、教室に教師が先に入って
授業のセットアップを行なった後、準備ができたら生徒を迎え入れる。

というようにしたらどうでしょう。
(そのためには廊下にロッカーが必要ですが・・・)


そこは教師が授業のために準備をした空間で、
教師が授業を行なうテリトリーに生徒を迎え入れる、
という構図が出来上がります。

そこは授業のための空間で、
遊ぶ場でも、雑談の場でもない、
という共通の認識も作ることができるのではないでしょうか。
権威的に生徒を管理するというより、
教室は何のための空間なのか、という共通の認識の下で
ケジメをつける、という形になるので、
個人的には、よりスマートな気がします。



何のために教室を使うのか、
という共通の認識を持ち、
教室の価値を高めることによって、
生徒の学習への意識を高めさせる。

イギリスの学校の手法ですが、
これも有効な一手でしょう。


私は日本式の礼を行なうことは嫌いではありません。
お互いに礼を尽くす、という姿は自分への戒めにもなりますし、
気持ちの切り替えにもなります。
ですから、それ自体を否定する訳ではありませんが、
引き出しは多く持って損はありません。

そして、現在の日本では
実行には周囲の理解も必要だとは思いますので
ご参考まで・・・
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